2009年12月16日
ガイ・フォークス事件のこと
1605年にイングランドで発覚した火薬陰謀事件の実行責任者として知られる人物である。立派な髭を蓄えた、赤毛の偉丈夫であったと伝えられる。
なお、「男、奴」を意味する英語「ガイ (guy) 」は、彼の名に由来する。
若年期
ガイ・フォークスは、ユリウス暦1570年4月23日にヨークで生誕した。父エドワード・フォークス (Edward Fawkes) と母イーディス・ブレイク(Edith Blake)は、共にプロテスタントであった。1568年に生まれた姉のアン (Anne Fawkes) は、生後間もなく死亡。ガイ・フォークス生誕の後に、アン(Anne Fawkes、上述のアンとは別)、エリザベス (Elizabeth Fawkes) の2人の妹が生まれている。
両親は幼い息子をヨークのフリー・スクールに入れた。ここで彼は、トマス・モートン(Thomas Morton、のちのダラム州司教)、オズワルド・テシモンド (Oswald Tesimond) 、そして後に火薬陰謀事件の共犯となるジョン・ライト (John Wright) やクリストファー・ライト (Christopher Wright) と知り合った。
1578年、父エドワードが死去。スコットンへ移ったイーディスは、ディオニス(デニス)・ベインブリッジ (Dionis (Dennis) Baynbridge) と再婚した。ベインブリッジは多くのカトリック信者の家庭と関係が深く、この縁によりフォークスはカトリックの教えを奉ずるに至った。なお、ベインブリッジとイーディスは、フォークスに与えられた遺産を使い込んだといわれる。
1590年、フォークスはスコットンにて妻マリア (Maria Pulleyn) と結婚し、彼女との間に息子トマス (Thomas Fawkes) 、娘マリア (Maria Fawkes) をもうけたとされる。ただし、これらの記述は、教区記録による情報ではなく二次資料からの引用とみられ、正確性は不明である。
従軍
フォークスは1593年頃、いとこと共にイングランドを離れ、フランドルへ渡った。この地で彼は、オーストリア大公アルベルト(後のネーデルラント長官)指揮下のスペイン軍に加わった。勇猛で博学、かつ高潔であるとして兵士からの信頼を集め、1596年には指揮官としてカレー (Calais) 攻略に貢献した。彼の名声は、ウィリアム・スタンリー (William Stanley) 、ヒュー・オーウェン (Hugh Owen) らの関心を惹いた。
陰謀
この頃イングランドでは、国王ジェームズ1世の国教会優遇政策により、カトリック教徒は弾圧を受けていた。これに反発したロバート・ケイツビー (Robert Catesby) は、ジェームズ1世が上院の開院式に出席したところを爆殺する計画を目論み、協力者を探していた。この時、熱心なカトリック教徒であり、かつ従軍経験のあるフォークスが、彼の目に留まった。
フォークスは1604年5月、ロンドンのストランド地区にある「ダック・アンド・ドレーク(Duck and Drake:「つがいの鴨」の意)」という名の宿でロバート・ケイツビー、ジョン・ライト (John Wright) 、及びトマス・ウィンター (Thomas Wintour) に会い、トマス・パーシー (Thomas Percy) と共に陰謀に加わる誓約に合意した。彼はパーシーの使用人ジョン・ジョンソン (John Johnson) なる肩書きのもと、行動を開始した。
パーシーが借りた家の管理を任されたフォークスは、ここからウェストミンスター宮殿内の議場地下に至るトンネルの掘削を行ったが、極度の重労働であったことから放棄され(トンネルの掘削は事実ではなく、フォークスらの取調べの際に捏造されたものとされる)、1605年3月頃、彼らは議場地下の石炭貯蔵室を借りることにした。フォークスはパーシーと共に、この地下室を火薬の樽で満たすのを手伝った。その後、スタンリー及びオーウェンに陰謀の詳細を伝えるためにフランドルへ急派された。
余談だが、8月末にロンドンに戻ったフォークスは、聖クレメント教会の裏手に住む未亡人・ハーバート夫人の家に住んだ。しかし、程なくして彼女が彼とカトリックとの関係を疑い始めたため、彼はこの家を去ることを余儀なくされた。この一件は、カトリック信者であるということが如何に危険であったかを示している。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
火薬陰謀事件の実行責任者として知られる人物出大変有名な方です。
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